2015年3月24日火曜日

インプリンティング

謝恩会と話がちょっと前後したんですが、「CBRベーシック」が一昨日終了しました。3ヶ月にわたって月に一度丸一日の講義を進めてきたのですが、当初予定していた計18時間の講義を少し超過してしまいまして、実際のところは20時間近くお話したかも...。一応、毎回終了時刻だけは気にしてなんとか許容範囲で収めるようにしたのですが、その分途中の休憩が十分には取れなかった。。。「20時間」と書いてしまうと結構長々と話してるように感じられるけど、現場での感覚としては、本当にあっと言う間だったんですね。

たぶん、受講者の皆さんもそんなに長いとは感じなかったんじゃないかな。細かいことをほじくり返すようなことは一切無しに、Principles(*注:このスクールで使った教科書『カンデル神経科学』の原書タイトルは『Principles of Neural Science』)だけを伝えるようにしたのですが、それでも20時間では足りなくて、とことんやったらたぶん4倍の80時間はかかると思う。つまり1年間のスクールですね。アメリカの医学部や理学部だと大体ニューロサイエンスは3〜4単位の科目として開講されてるから、まぁおおよその見積もりとしてはそんなに出鱈目なものではない。いつかホントにやりたいね。そういうの。

僕は今回のこの取り組みを通してこれまで感じていたことを改めて確信したんですが、ニューロサイエンスとの最初の出会いがボバースとか認知神経リハとかそういうリハへの応用というところで起こってしまうと、それはやっぱマズいんじゃないかなと思うんですよね。ま、もちろんどこから入っても入ってから隅々学べば結局は同じだという考え方もあるだろうし、僕もその通りだとは思うんだけど、それでもどのスジから入るかによってある程度インプリンティングされてしまうところはあると思う。臨界期過ぎるともう元には戻らないんだよね。

それに「リハビリ」というスジが十分にニューロサイエンスの世界において強力かというと全然そんなことはなくって、まぁこんなこと言うのも何なんだけど、セラピストのやってることなんてほとんど相手にされていないわけですよ。セラピストが基づこうとしている科学の世界においては。もちろん科学者側にも偏見はあるだろうし、もっと見てやってよという思いはあるけど、リハビリ側の言うことにも曖昧でワケ分からんことは多々あるものと僕は思う(支離滅裂であることと奥深さとは別物である)。

講義の後の卒業パーティーでもそんな話して普通に盛り上がってたんだけど、みんな話をきちんとすれば分かるんですよね。で、結構みんな同じようなところに素朴な違和感を持ってたりする。あ、別にリハビリの世界における臨床応用への取り組み自体がどうのこうの言ってるわけではなくって、そこに入る前にいっぱいやるべきことあるんじゃないのという構造的な話です。

だからそういう現状を打破するための一つの小さな抜け穴としてCBRベーシック始めたわけなんだけど、日本中のセラピストに一度は受講してもらいたいと思ってます。このスクールはもちろんニューロサイエンスのテクニカルな側面を学ぶものではあるけれど、クリニカルサイエンスを含めたサイエンスを学ぶ上でのマインドセット(心構え)を身につけるためのものでもある。あなたがその後、何を専門にするとしても。

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