2013年5月22日水曜日

必要はシナプスの母(その2)

昨夜は CI 療法というリハビリの治療法に絡んだ話を書いたんだけど、今夜はその続きです。「必要は発明の母」の「必要」のところはいろんな解釈の仕方があるようで、社会が必要としているものを作り出さなければ社会に受け入れられることはないといった意味で使われてもいるような
のですが、僕は個人的には、必要に迫られると人は創造し始めるといった意味で解釈しています。やっぱね、必要のないところでどれだけ学んだり、クリエイティブなことしようと思っても、なかなか身に付かなかったり形にならなかったりすると思うんですよね。

ちょっと飛躍して、うちの学生なんかの状況を考えてみても、「必要さ」というか「切迫感」というか「危機感」というか、何かそういう差し迫ったものを感じる機会があまりないまま、タダなんとなく時間を過ごしてしまっているように思うんですよね。ほとんどの学生は4年の病院実習に出て初めて学ぶ必要を感じちゃって、それから本当の意味で勉強し始めるってのが実際のところなんじゃないかな。だからさ、学校でたくさん授業受けてるヒマがあったら病院で患者さん診させてもらった方がはるかに学ぶスピードが上がるように思うね。1年から4年まで全て病院での臨床実習ってカリキュラムも可能性の一つとして考えてみても良いと思うな。

どうせ日本の大学にいたところで大した教養が身に付くわけでもないんだからさ。

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