2012年12月14日金曜日

50 vs 150

昨夜のブログでは、たとえばの話として、年間に50コマしか授業しない人と150コマする人の労働時間の違いを算出し、両者が同じ給与を受け取るとすると時給格差は3倍になることを指摘した。つまり、50コマの人が3,000円を得るのに1時間仕事をすれば良いと仮定すると、150コマの人はそ
の3倍の3時間仕事しなければならないということである。報酬のスケールが上がり、それが300,000円となると100時間対300時間になる。やってる仕事の内容が同じであれば、多くの人は時給1,000円よりも3,000円の方を望むのではないかと思う。

僕が所属するのは大学の教員組織なので、このように授業のコマ数での比較となるわけだが、病院に勤務するセラピストであれば、担当患者の数や一日の治療時間で比較することになるのだろう。一日2時間しか治療しない人と6時間治療している人の給与が同じだとすると両者の時給格差は3倍です。もちろん授業以外や治療以外の仕事もあるので、授業や治療だけで時給比較をするのは適当ではないわけだが、一つの尺度として「授業単価」や「治療単価」を用いることで、労働量と報酬量との関係を捉えることは出来る。

たとえば、うちの大学だと、職階には教授、准教授、講師、助教があり、給与水準もこの職階によって定められている。でも、教授と助教の給与差が2倍ってことはないと思うんですよね。ま、あっても3倍ってことはない。そうすると、たとえば、助教が年間50コマしか授業負担がなくって、教授が150コマあるとすると、給与差が2倍であったとしても助教の方が授業単価は高くなるんです。たとえば、助教の給与が仮に年間200万円で、教授が400万円だとすると、助教は200万円/50コマで、1コマあたり4万円。それに対して教授は400万円/150コマで2.7万円。助教の授業の方が「価値ある」ってことになるんですよね。

ひょっとすると、助教はこの差を埋めるために教授よりも1.5倍ほど価値ある研究をしているのかもしれないけど、このあたりは検証してみる必要があるんでしょうね。たぶん僕の周りでは、僕以外に誰もこんなこと考えてる人はいないと思ってるんだけど、組織をマネッジするためには、やっぱこのあたりのことは考えなきゃいけないんじゃないかな。心ある会社の経営者なんかだと、きっと考えてると思うな。。。

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